杜ブログ6(防災士)

今回は私たち職員の研修参加からのご紹介とちょっとしたエピソードを。

皆さんは「防災士」という資格を知っていますか?
私も案内を受け取るまでは知りませんでした。

~防災について十分な意識と一定の知識・技能を身に着けた者が中心となって、地域社会や職場など全体で力を合わせて対策を講じる必要があり、有効である~
このような考え方のもと、阪神・淡路大震災を教訓として「人」という資源を活用して社会全体の防災力を高めるために防災士制度が生まれました。

防災士教本













講習及び資格取得試験は6/22(土)~23日(日)に東北福祉大学にて行われ、学生の皆さん、一般の方合わせて約250名の受講でした。
「防災士」ですので、記憶に新しい地震に対する知識はもちろんのこと、火災、風水害など広範に及ぶ内容でした。
例えば、津波地震について、ここ仙台と関東・東海では動くプレート位置が違うことにより、到達時間が大きく違うようです。「正しく知って、正しく怖がる」という言葉を聞いたことがありましたが、本当にそうだな~と考えさせられました。
自分自身の日ごろの生活にも役立つ知識もあり、テレビを見ながら、手元ではロープワークの練習をしたりしています。
肝心な資格取得試験の合否はまだ分かりませんが、介護に関する研修とは一味違う新鮮な講習でした。
今年の10月にも講習があるようです。インターネットにも色々とアップされています。気になった方は調べてみてください。


少し話はそれますが・・・
私たちの職務上、一人の人を「お看送り」する機会が時々あります。
つい最近、ご家族と共に人生の集大成に「伴走」をした在宅のケアマネージャーやケアスタッフ達がいます。
「在宅での最期に向き合う」―何度経験してもな慣れることがなく、何度経験しても自分の力不足に後悔してしまう。けれども、対人援助職としての価値基準の真価に触れる貴重なことです。
今回、そのケアマネージャー達が行ってきた「伴走」は、霧の中を走るようなものだったと思います。基準や決まり、一般的な流れを経験則にマネージメントしていれば、そんな伴走をすることにもならなかったでしょう。
しかし、大事にしたのは「ご本人が迷いながらも持っていた希望」と客観的に見れば綱渡りにしか思えないけれども揺らぎながらも持ち続けてきた「ご家族の思い」でした。
つかめるようでつかめない、整ったようで整わない、ケアマネや従事者として自己肯定も自己否定も見いだせない中、世帯と共に駆け抜け、ゴールはご家族が伴走する中。


お元気な時と違って、ご状態が低下してサービスが必要な時間帯、日数が増えれば増えるほど、安定的に対応できるサービスの選択肢は少なくなり、体制を作ろうとすればするほど「今までのなじみの人たち」での伴走ができにくくなるという矛盾。
社会福祉サービスは多様化してきています。しかし、人間として存在している以上、その集大成を安心や信頼、なじみの人たちの中で迎えることができない社会は、真の社会福祉には及んでいないと感じます。

今回のような「伴走」をしてくれたスタッフたちがいることをありがたく思うと共に辛いくらいに感じた矛盾を解決していけるよう、職員一同努力していきたいと思います。(M)